| 1.神奈川県全国に先駈ける |
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昭和23年の初め当時、東京芝浦電気株式会社人事部体育課の浅野浩志氏と同社堀川町工場経理部の添田四郎六段(現・道友会会長八段)が、石橋産業株式会社副社長一戸正雄七段(八段にて没)を中心に、共信建設株式会社社長の矢内 発六段・日本鋼管株式会社川崎製鉄所厚生課の臼田利徳五段(七段にて没)等と協議し、当時大船光学株式会社副社長で、衆議院議員であった笹口 晃氏を会長に、また東京芝浦電気株式会社取締役で、神奈川県実業団体育連盟副会長であった久野元治氏を副会長として迎え「神奈川県実業団柔道連盟」を結成し、初代理事長には一戸正雄氏が就任した。 同年6月に創立記念柔道大会開催のための役員総会を一戸理事長が中心となり、横浜公園音楽堂(屋外)において開催した。同年7月4日、横浜公園音楽堂(屋外)の舞台上で、第1回の「神奈川県実業団柔道連盟創立記念柔道選手権大会」(主催:神奈川県体育連盟・神奈川県実業団柔道連盟後援・神奈川県柔道協会・神奈川県体育会・神奈川新聞)が、真夏の日照の下で、東芝・富士写真フィルム・日本精工・日本鋼管・三菱横浜造船所・東京ネジ・石橋産業等の21社が参加し、団体対抗の部12チーム、個人戦無段者の部18名、初・二段の部25名、高段者の部12名、合計100名の選手が参加し盛大に開催され、団体対抗の部は、日本精工が優勝した。 尚、その他の成績は不明である。 また、大会の審判長には佐村嘉一郎十段。審判員には、一戸正雄七段添田四郎六段・安藤利雄六段・矢内 発六段・武田 勲六段・鈴木賢次郎六段・伊藤 幸五段・石井惣治五段・菊池吉雄五段が当たり、特別演技として(取)三船久蔵十段、(受)臼井清一八段による投技裏の型。粟富政子五段・福田梅子四段等による女子護身術が演ぜられ、続いて(取)一戸正雄七段、(受)武田 勲六段による投げの型。さらに臼田利徳五段の五人掛け等が行われ、創立記念大会に華を添えた。神奈川に灯った実業団柔道連盟の一灯が、やがて昭和25年に関東勤労者体育連盟柔道部会、そして昭和26年には、全日本勤労者体育連盟柔道部会(全日本実業柔道連盟の前身)へと発展した。 更に、神奈川県実業団柔道連盟と昭和33年に発足した東京都実業団柔道連盟(現東京実業柔道連盟)、昭和35年に結成された近畿実業団柔道連盟の加盟会社の関係者が集まり、昭和35年11月に全日本実業団柔道連盟が発足した。その後昭和28年に結成された全日本産業柔道連盟と統合し、昭和37年5月30日に「全日本実業柔道連盟」と改称された。尚、近畿実業団柔道連盟は昭和34年12月に「西日本実業柔道連盟」に、昭和39年9月には「東日本実業柔道連盟」がそれぞれ誕生し、全日本実業柔道連盟の両翼となって今日の実業柔道連盟を着実に発展させている。 |